2016年04月15日

「愛、心のふるさと」はじめに


p.3〜p.12の朗読です。

「愛、心のふるさと」塩川香世 著

Ⅰ はじめに

私達は愛から出てきて、愛へ帰っていきます。それが私達の本来の姿だったんです。本来の輪廻でした。
しかし、私達は、転生をするたびに、本来の輪廻から大きく外れていきました。
愛を捨てて、本来の自分を捨てて、私達は地獄の奥底に落ちていきました。
落ちて、落ちて、何度生まれ変わり死に変わりしても、その地獄から抜け出すことができなかったんです。
だから、「人生は苦だ」と、誰かが言いました。
それを聞いた人が「そうだ」と、もっともらしく語り継いできたんです。
違うんです。人生は喜びだったんです。喜びしかなかったんです。
しかし、愛、自分のふるさと、本当の自分を捨て去った心には、「人生は喜びだ」という真の意味など分かるはずがありませんでした。
そんなことより、目先の栄華を自分に引き寄せることばかりに一生懸命でした。
人生の成功者、この世の成功者、それはいったい本当にあるのでしょうか。
偉人、賢人、愛の人として、歴史上、たくさんの人物名が列挙されています。
しかし、本当にその中に、真の偉人、賢人、愛の人が存在するのでしょうか。

自分の本当の姿を知って、自分の人生を喜びで生きてきた人など、全く皆無でした。
これが、田池留吉氏とともに学びを進めてきた結論です。
みんな、これまでこの地球上に転生してきた人達みんな、全部、全部、愛から出てきて、愛へ帰っていくことを心で知り得なかったんです。
だから、苦しみました。悩みました。悲しみました。嘆きました。
そして、どんなに栄耀栄華を極めた人生であっても、また真の道を究めようと鋭意努力し、煩悩を断ち、厳しい修行を自らに課しても、その肉体を離した瞬間、真っ暗闇の奥底に急降下していくんです。
自分の本当の姿を知らずに、死んだら終わりだ、人生一度切りだとしてきた人間の心の中は、本当に生きても地獄、死んでも地獄のまま。どこにも天国などありません。
「安らかに召されました」「成仏されました」。もう、そんな嘘っぱちなことは言わないようにしましょう。
天国など、どこにもないんです。成仏とはいったい何でしょうか。
本当の自分を捨て去った人間に、天国も成仏も何もありません。
あるのは、生きても地獄、死んでも地獄の闇黒の世界だけです。
しかし、世間一般には、こんなことは全く通用しません。
全く通用しない、訳が分からないことを語っているほうがどうかしているのではなくて、それほどまでに人間というものは、地に落ちてしまったということなんです。
私達人間は、なぜ生まれてきたのか、何をするために生まれてきたのか、自分とはいったいどんな存在なのか、自分は死んだらどうなるのか、そういうことを全く何も知らずに、ただその時、その時を生きてきただけのことです。
いいえ、私はその時、その時を、ただ生きてきたのではなくて、一生懸命に生きてきたとおっしゃる方もあるでしょう。
しかし、その時、その時を、一生懸命に生きることに終始して人生を終えていくだけでは、本当の人生を生きたことにはなりません。
本当の自分に出会うことのない人生は、闇黒の人生なんです。
どんなに外観を整え、立派に見せても、自分の本質である意識の世界は闇黒のままです。
自分自身が闇黒の世界に沈み込んでいるのに、世のため、人のためと、いかにも善人ぶったことは、もう、どこかで本当にジ・エンドにしなくてはなりません。
「本当に、世のため、人のために尽力すると言うならば、まず自分の闇黒の世界をしっかりと知り、そこから自分を脱出させる方向に、全力を尽くすべきだ」と、大阪府南河内郡河南町大宝に住まいする一介の老人、田池留吉氏という人が誠心誠意伝えてくれて、時はすでに三十年余を経て、今に至っています。

この世の常識、慣習、道徳、規律、規範等々で、自分の心を縛り付けて、金、神、権力だけを求め続ける哀れな姿に成り果ててしまったのが、私達でしたというところから、まず出発しましょう。
それが、人間復活の道の第一歩だと私は思うんです。
人としての道を説くならば、人間復活の道を真摯に歩くべきだと私は提唱します。
では、人間復活の道とはどんな道なのでしょうか。
それは冒頭にあります。愛から出て愛に帰る道です。
その道を自分の中で見つけ、確立することが、本来の私達のするべきことでした。
どうでしょうか。
あなたは、自分の本当にするべきことをして、死んでいけるのでしょうか。
それとも、自分の本当にするべきことをしないで、また死んでいくのでしょうか。
あなたの周りを見てください。本当に幸せな人がいますか。
みんな顔で笑って、心で泣いているのではないでしょうか。
その自覚すらない人がごまんといます。
自分の心の叫びに耳を傾けることなく、あなたの今の時間を終えていっていいのでしょうか。
愛、心のふるさとに目覚め、そして、「人生は喜びでした」と心から知ってください。
自分の本当にするべきことをして死んでいくのが、真の偉人、賢人、愛の人です。

さて、前置きが長くなりましたが、ふるさとと言えば、大抵の人は生まれ故郷を思い浮かべます。
自分が生まれて育ったところ、あの山、あの川、懐かしい場所として、ふるさとを心に思い起こす人も多いでしょう。
懐かしい場所とともに、懐かしい顔も浮かんできます。お盆、お正月は、いつも帰省ラッシュのニュースが取り上げられ、飛行機、鉄道の混雑ぶり、車の渋滞ぶりが伝えられても、やはり、ふるさとでのんびり過ごしたいということでしょう。
そういうふるさともあります。
ええっ?ふるさとって他にまだあるのですか。
そう、そうなんです。実は、そういうふるさともいいけれど、もっといいふるさとがあるんですよ。いいえ、私達にとっての本当のふるさとは、たった一つだということを知っていただきたいと思っています。
そこで、私は、ふるさとの替え歌を作ってみました。

ともにともに帰ろう
遙か彼方ふるさと
愛は今も心に
思い出そう約束

帰っておいで我が家に
どんなときも待ってる
ここが君のふるさと
愛へ帰ろふるさと

たったひとつ真実
やっとやっと出会った
超えていこう喜びで
とわにひとつ我が友

愛へ帰る喜び
愛を思う喜び
心の中に喜びが
みんなひとつこの道

皆さんもよく知っているあの「ふるさと」のメロディーで、この替え歌をぜひ、ぜひ、口ずさんでみてください。
口ずさみながら、もっといいふるさとって、いったいどこにあるのか、本当のふるさと、たった一つのふるさとって何?と思ってみてください。
さあ、それでは、そのもっといいふるさと、本当のふるさと、たった一つのふるさとについて、これから語っていくことにしましょう。

posted by ユーティーエーブック at 16:27| Comment(0) | 「愛、心のふるさと」(全7回) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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